宇城市豊野町歴史資料館で開催されている「蒙古襲来絵詞」展に行く。展示物はレプリカだったが、説明文と熊日新聞の記事を合わせて鑑賞すると竹崎季長の勇猛果敢さや当時の御家人の事情など想像され楽しい見学だった。
昼食は中央町の料亭「あ助」で摂る。「あら炊き定食」を美味しくいただく。

蒙古襲来絵詞
文永11年(1274)と弘安4年(1284)の2度にわたる元寇の際,その戦に出陣した肥後国御家人・竹崎季長(たけざきすえなが)を中心に展開する絵巻。現状は,錯簡,欠失,複数本の混入などの問題はあるが,その風俗や描写の表現には鎌倉時代の特色が表れている。歴史的事実の視覚的史料としても貴重な作品である。明治23年(1890)に熊本の大矢野十郎から御買上げ。
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by k-dantyan | 2018-11-28 11:09 | 宇城市歴史探訪 | Comments(0)

H30.9.18 我が家の菜園


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炎天下の中、秋野菜の苗ものつくりに精をだす。白菜、下仁田ネギ、サニーレタス、チマサンチョ、ブロッコリー、ヒトモジ等が発芽、畑のオデン大根や春菊、チンゲン菜等発芽する。名称不詳の大きな瓜はトーガンなのか? 植えた覚えはないが、多分、埋め立てたナマゴミに種子が入っていたかもしれない。近所の皆さんにも分けてあげる。

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by k-dantyan | 2018-09-21 09:29 | 宇城市歴史探訪 | Comments(2)

H25.12.22 永尾神舎の夕日

H25.12.22 永尾神社の夕日
永尾神社の裏手の海岸に位置する鳥居に夕日が沈む光景を一度でいいからカメラに収めたかった。時期的には、冬至の前後ときいていたので、4時すぎからアタックしてみた。ポイントには年齢も同年輩位にみえる写真愛好家が20名程陣取っていた。皆さん一様に一眼レフノカメラで、私のポケットカメラは貧弱に思えた。
それでも、結果はこの通りで、まずまずの出来栄えだった。
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by k-dantyan | 2013-12-23 14:19 | 宇城市歴史探訪 | Comments(0)

H24.9.2 よみがえる宇土城

a0212557_163989.gifこんにちは!ダンチャンのデジカメ日記にようこそ

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H24.9.2 よみがえる宇土城
宇土市の平成24年度企画展として「よみがえる宇土城」~宇土氏、名和氏、小西氏、加藤氏~
日時:平成24年7月28日~9月23日  場所:宇土市立図書館郷土資料室
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by k-dantyan | 2012-09-09 09:18 | 宇城市歴史探訪 | Comments(0)

宇城市豊野町

こんにちは! ダンチャンのデジカメ日記にようこそ



豊野町
奈良時代末期に建立されたとみられる浄水寺跡で延歴9年(790年)の灯篭の笠石や基礎石がみられる。
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豊野町には、江戸時代に建造されたたくさんの石橋が残されています。中でも「薩摩の渡し」や「山崎橋」「丸林橋」等が有名です。いずれも東陽村の石工の作といわれています。
また、戦国時代の相良氏と阿蘇氏の戦場跡も見られます。
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by k-dantyan | 2011-06-13 10:39 | 宇城市歴史探訪 | Comments(0)

宇城市 小川町

小川町
小川が誇る3傑を訪ねてみました。
1人は鎌倉時代の元寇の武人といわれる竹崎季長です。彼は29歳のとき、文永の役で大活躍し武功をたてました。この褒美として海東の地と馬を褒美としてもらったそうです。
塔福寺は竹崎季長の菩提寺で関係の古文書が残されているそうです。
2人目は一切経出版の僧、鉄眼禅師です。1630年小川町小野部田出身で鉄眼が52歳のとき一切経6万枚の版木、6956巻が完成したといわれています。
3人目は、柏原太郎左衛門という方です。彼は、江戸時代に台湾との交易を進めていましたが、オランダとの間で紛争が発生し、(高砂事件)強硬手段により、交易の権益を確立するのに功績があったとされています。こののち、商人の身で長崎代官の次席を務めたそうです。
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by k-dantyan | 2011-06-05 10:41 | 宇城市歴史探訪 | Comments(0)

不知火町永尾神社
創建:和同6年[西暦713年)元明天皇の勅願により創建 祭神:玉依姫命(神武天皇の御母) 祭り:八朔祭り(五穀豊穣と不知火の明滅を祝う祭り) 効能:胃腸の神様


by k-dantyan | 2011-06-05 10:34 | 宇城市歴史探訪 | Comments(0)

宇城市 小川町

小川町
小川が誇る3傑を訪ねてみました。
1人は鎌倉時代の元寇の武人といわれる竹崎季長です。彼は29歳のとき、文永の役で大活躍し武功をたてました。この褒美として海東の地と馬を褒美としてもらったそうです。
塔福寺は竹崎季長の菩提寺で関係の古文書が残されているそうです。
2人目は一切経出版の僧、鉄眼禅師です。1630年小川町小野部田出身で鉄眼が52歳のとき一切経6万枚の版木、6956巻が完成したといわれています。
3人目は、柏原太郎左衛門という方です。彼は、江戸時代に台湾との交易を進めていましたが、オランダとの間で紛争が発生し、(高砂事件)強硬手段により、交易の権益を確立するのに功績があったとされています。こののち、商人の身で長崎代官の次席を務めたそうです。
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by k-dantyan | 2011-05-24 10:43 | 宇城市歴史探訪 | Comments(0)

宇城市 三角町西港 

三角町
三角西港は、宮城県ののれい港、福井県の三国港とならぶ明治3大築港の1つとされている。
写真は、明治時代の旅館「浦島屋」、文豪ラフカディオハーン(小泉八雲)の「夏の日の夢」の紀行文の舞台となった。
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西港は、明治17年から20年にかけてオランダ人水理工師によって設計、築港された。
現在、荒尾市の万田抗とならんで、「九州・山口近代化産業遺産群」として世界遺産への登録の期待が高まっている。
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by k-dantyan | 2011-05-24 10:29 | 宇城市歴史探訪 | Comments(0)

宇城市松橋町

こんにちは! ダンチャンのデジカメ日記にようこそ

宇城市歴史探訪
田園と不知火海の歴史息づく

松橋町
豊福城後(松橋町豊福字 下城) 1見すると平野の中にある城郭です。外堀と内堀が現存している戦国時代の城跡です。
医王山長安寺跡  「肥後国史」によると薬師如来像と十二支仏があり、元禄6年銘の菊紋章の梵鐘です。この梵鐘は、戦時中の金属供出を免れたという逸話が残されています。

by k-dantyan | 2011-05-24 10:25 | 宇城市歴史探訪 | Comments(0)